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生乾きの与太話をモゾモゾと書いてます。口元が緩めばしてやったり。日々の隙間に挟んでどうぞ。
by lofibox
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301号 【長編】「青春笑い話百選:第三十六話より」
 あれは高校を卒業する直前、冬のことだった。


 僕らは校内において、あまり他と交流を持たないひときわアンニュイなグループで、例えば「”夜釣り”をしよう」 「”ピクニック”を楽しもう」 「”品評会”をしよう」 というような、フックとなる言葉のニュアンスにこだわり続ける集まりだった。形から入る?いやそうじゃない。形だけ作って入らないことだってあるんだ。

 上にあげた例でいくと、例えば”夜釣り”は素晴らしい出来だった。その日釣り上げたそれは大きなコイが、朝になるとS字を描いたまま死後硬直でカチカチになっていた事などは、そのニュアンスのみにこだわり続けた僕らに添えられた、神様の悪戯であった。




 さて、そういった様々な企画の中で、各々の家にはよく入り浸っていた僕らだったが、卒業間際になっても”H君”の家にだけは誰も行ったことがなかった。

 H君の家はとても厳しいらしく、3年間の間、折に触れて「H君の家にも行ってみたいよなあ」という話題は上ったが、その度に普段は大人しいH君が「それだけはダメ!」と叫ぶので、僕らはそれを断念していた。



 しかし、卒業間近ということで、「やはり一度見ておきたい」「最後だからいいだろう」というような勢いもあり、僕らはH君の家にアポ無しで押しかけることにした。

 卒業という別れを控えた寂しさが、無意識にそういったお祭りのようなイベントを求めたのかもしれない。今はそう思う。

 そして待ち受ける悲劇は、まだその影も見せてはいない。







 H君の家は、山間にある僕の田舎の中でも、ひときわ山の上に位置していた。どこまでも続きそうな上り坂に、6台の自転車が連なる。友達の家に遊びに行くだけなのに、途中で休憩を入れなければいけない程の上り坂だった。僕は終始、「バカげている」と思いながらペダルを漕いだ。

 冬だというのに汗だくになった僕らは、どうにかH君の家に着いた。「厳しい家」と聞いているだけに、アポがない僕らは少しびくびくしつつも遠距離から様子を伺う。


 と、程なくして畑仕事を手伝っているH君を見つけた。H君を見つけたことで少し安心した僕らは、大声でH君に向かって叫ぶ。

 
 「おーい!きちゃった!ハハハハ!」

 サプライズ企画、ここに完成の瞬間だ。してやったり。やったね!



 ・・・と、その声を聞いて振り返り、キャッキャとはしゃいでいる僕らを見つけたH君が、凄いスピードで猛然とこちらに駆け寄ってくる。運動が苦手で足も遅いはずのH君が、何かに怯えて逃げてくるような感じで、息を切らしながら僕らの前に来た。

 「な、なんで来るのよ!?来んといてって、いったやんか!!」




 正直そのH君の振る舞いは、僕らにとっては感じの良いものではなかった。確かにアポ無しで来てしまった僕らも悪い。しかし、僕らは3年間一緒に過ごしてきた友人ではないのか。いくら家が厳しいからといって、そこまで拒否されてしまうのか。笑って許して貰えると思っていただけに、楽しい夜になると信じていただけに、ショックは隠し切れない。




 もう日も暮れかけ、家が遠い者もいた事もあり、とにかくその日はH君が折れるような格好で僕らはお邪魔することになったが、案外と、その顛末が決まってしまってからは、いつもと変わらぬH君に戻っていた。

 そして夕飯をご馳走になることになり、その時間までいつものように意味のない話に花が咲く。何しろ僕らの田舎は相当な山奥で、食事が出来るような店などない。誰の家に遊びに行くときはだいたいこのパターンになる。






 しばらくして、まずH君が呼ばれた。さらに数刻して、H君が僕らを呼ぶ。ぞろぞろと居間に入る僕らの目に飛び込んできたのは、ほかほかと湯気をたてる、7つのチキンラーメンだった。
 
 「こ、これは・・・」





 実は、先に呼ばれたH君の帰りを待っている時から、怪しい雲行きは察知していた。怒鳴り声にも似た、ピリピリした声が聞こえていたのだ。「ろくなも・・・・め・・・・・ったく・・き・・・・さんで!」

 
 僕らはゆっくりと席についた。H君は箸やお皿の準備に台所と居間を行ったり来たりしている。しかし、その「いただきます」の合図を待つわずかな間にも、僕らの淡い期待は次々と打ち砕かれていた。

 そう、ほんの10秒前までは空だった、ひときわ目立つ大皿。「メインの料理がここに・・・」と思われていたが、たった今目の前にて大量のポテトチップスが注がれてしまった。皿のふちに塗り付けられたケチャップが残酷さに拍車をかける。



 僕らの中で徐々に繋がっていく、あの時H君が見せた動揺、困惑、激情。全ては今、目の前で起こっているこの現状が物語っているではないか。



 そしてH君が台所にいる時、同席していた友人のI君が、気がつかなければそれで良かったことに気づいてしまう。

 
 「あれ、コレだけ卵がのってないね」


 チキンラーメンには卵。その卵がのってない丼がひとつだけあった。この段階では僕らも深くは考えない。単なるのせ忘れだと思い、「ええよ、俺これ食うわ」と、見つけたI君がそれを食べることにした。



 全ての準備を終えたH君が戻ってきたので、「いただきます」をして、僕らはラーメンをすすった。「ケチャップ、もうちょっとあったほうがいいよね」と、皿のふちに塗られたケチャップを足してくれるH君に、僕らはもう言葉を失っていた。ケチャップが足りなくなる程、ポテトチップスを食べている場合じゃなかった。


 そしてその時は訪れてしまう。皆があらかたラーメンをすすり終わった頃、先ほど「卵のないチキンラーメン」に気づいてそれを食べたI君が、笑い話でもするように、

 「H君、いっこ卵のってないのあったぜ~。食べたけどねっ。アハハ」 と言った。それはごく自然な流れで、僕らもアハアハと笑った。なのに、




 H君だけが笑ってくれない。




 一瞬にして変わってしまった空気を皆が察知し、静まる居間。1秒、2秒、3秒・・・




 沈みきった表情を浮かべ、わずかな気力で押し出すように、H君が口にした言葉は、




 「たぶん、それ、オレ用・・・」 







 










 ・・・あれから月日も流れ、料理人になると言って高校を卒業したH君は、一時期お洒落な洋食屋さんで修行を始めた。が、何かの節に皆が集まった時、「H君、修行はどんなことしてるの?」と聞いたら、「え。え、えーと、うんと・・・ はっぱを、ちぎって、さらにのせてる。」としか答えられなかったH君に、「果たして先はあるのか」と不安に思っていたらやはりすぐに辞めてしまった。


 寒い冬。チキンラーメンに卵をのせるその瞬間、H君の幸せを願ってみてください。本人が言ってましたが、流れ星は効果がないそうです。アーメン。
by lofibox | 2006-01-30 12:42 | ノーマルコラム
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