生乾きの与太話をモゾモゾと書いてます。読んだアナタの口元が、「ふにゃ」と緩めばしてやったり。日常の隙間にご覧あれ。
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435号 「見逃せない夜」
 さてさて本日は素敵な夜になるんでございますよ。ええ、もう決まってるんです、それは。

 人ひとりがむずむずと続けてきた何年分かの生き様がね、ぶあっとそこに広がるんです。ええ、それも間違いないでございましょう。

 こういう夜があるんだから、ね。まったく、いやはや。

 ささ、そろそろでかけましょ。この夜はね、見逃せない。
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by lofibox | 2006-09-28 18:16 | ノーマルコラム
434号 「ギャップがある人」
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 季節の変わり目のむずかしいところは、中に着ているTシャツがズボンの中に入っていることだ。

 例えばこの時期。「もう秋だろう」ということで、Tシャツの上に何かしら1枚着て外出するのだが、胃腸が弱い僕としては、中に着ているTシャツは当然ズボンの中に入っている。風がスースーと入ってくると、すぐにお腹が冷えて下痢を起こすからだ。

 しかし、この季節の変わり目というのは、秋かと思わせておいてまだまだ暑い日があったりもする。まあ、それ自体は上に着ている服を脱いで調節すれば済むことなんだけど、問題はこのとき中のTシャツがズボンの中に入っているのをすっかり忘れてしまっていることがあるのだ。

 キチンとズボンに収まったTシャツから溢れる、妙に爽やかな自分。だが、それに気がつくのはちっとも爽やかでない自分だ。爽やかな人は、やたらとうんこの話なんかしないはずだ。そんなことは僕だって知っている。

 そういう意味ではこれも「ギャップがある人」なんだろうけど、こういうことじゃあないんだろうなあ。
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by lofibox | 2006-09-27 20:12 | ノーマルコラム
433号 「住宅事情」
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 風邪っぴきで頭がぼぅーっとしております。さて、では短めに。

 「バカは風邪をひかない」という言い回し。子どもの頃に耳にしましたところ、はて、これは「風邪菌も人を選ぶ」ってことなのか、と、子どもの私は思いました。

 なるほどこれは、やどかりだって貝を選ぶのだろうし、風邪菌にとっても住みかであるわけだから、良い家悪い家というのもあって然るべきではないか。と、腑に落ちる子どもの私。

 不動産屋みたいな菌がいて、この物件はお勧めですよ、なんて言っているかもしれない。バカは風邪をひかない、というのだから、それはよほど住みにくい家なのだろう。となると、バカでない物件は高額ということか。その中でも「薬嫌い」なんてオプションがついたりして。

 しかしそうすると、例えば虫歯菌にとっての良い家とは、ちょっとずぼらで口の中がお菓子の家になっている人。これが良い家なんだろうけど、風邪菌にとっての良い家がバカでない人であることとは、果たしてどう直結するのだろう。うーん。

 どうなんでしょうね。そこらへん。
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by lofibox | 2006-09-26 20:07 | ノーマルコラム
432号 「たぶん占いの話」
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 占いの結果の文句として、「○難の相が出ている」という言い回しがある。

 ○に入る文字は、「火」、「水」、「女」など様々であるが、もしここが「便」と出たらどうだろうか。


 「便難の相が出ている」。便難というとやはり、いわゆるひとつの「そそう」のことになるだろう。これはキツい。こんな占いを朝一番に出されたら、もうその日は一歩も外に出られない。あらゆる対策を考えなければならない中で、最も効果的なものとは、「外に出ないこと」であるからだ。

 とはいえ、労働者であれば仕事に行かなくてはならないし、学生であれば通学をしなくてはならない。生活をする上で、こればかりはいかんともしがたい事実だ。そこで次なる一手、やはりここは「紙おむつ」だろう。

 「そそう」とは、とにかくズボンさえ無事ならばなんとかなるものだ。一日ぐらいノーパンでも構わない。ノーパン先生、ノーパン弁護士、ノーパン高校生。どれも恐れるほどの響きではない。むしろ一日くらいはその肩書きを背負った方が、今後の人生に幅を持たせるのではないか。僕はそう思う。ようはズボンへの影響さえなければよいのだ。だからこその「紙おむつ」なのだ。そこにあるのは信頼の2文字。横漏れギャザーへの真っ直ぐな信頼なのである。


 ITがどうとか個人情報がどうとか、世間は近代化の波に乗ろうと日々慌しいものだが、実際のところは情報の漏洩がうんぬんと論じる前に、糞尿の漏洩をなんとかしなくてはいけない時代にきているんだと思う。
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by lofibox | 2006-09-25 12:19 | ノーマルコラム
431号 「フリスビーパニック」
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 休日に公園を散歩していると、飼い主さんが投げたフリスビーを追いかけている犬が、だいたい1匹ぐらいはいるものだ。

 見ていると、フリスビーが地面に着く前にキャッチできることは、やはりそうそうある訳ではないようで、飼い主さんがフリスビー慣れしていない場合など、あっちやこっちやと飛び回る犬がなんだか不憫に思えたりもする。


 そんな中、ハプニングは訪れた。


 近くでバーベキューをしていた人たちの近くに、狙いの定まらないフリスビーが飛んでいってしまったのだ。幸い、人や物に当たったりはしなかったようだが、それを追った犬がくわえて戻ってきたのはなんと、なべのふただった。

 ありゃりゃ、面白いことになっちゃって。僕はニヤっとしながらそれを眺めていた。申し訳なさそうになべのふたを返しにいく飼い主さん、それを受け取り大笑いのバーベキューをしていた人たち。なんとも微笑ましく朗らかなキモチになった僕は、公園を後にし、残りの休日を過ごした。シチュエーションといい、展開といい、なんだか出来すぎたような話に思えるのは、この話が全て作り話だからなのである。
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by lofibox | 2006-09-22 19:24 | ノーマルコラム
430号 「心を江戸に」
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 欧米に毒されつつある自分。自覚はあまりない。


 先日、知り合いと町を歩きながら会話を楽しんでいると、ふっと自分の口が「キャメラ」と発音して僕はギョッとした。

 かなり動揺したが、キモチを落ち着かせ、もう一度会話の中に紛れ込ませて口にしてみる。「カメラ」。ああ、言える。普通に言える。僕は僕だ。まだ、だいじょうぶだ。


 いわゆる「かむ」と言う具合に、舌がまわらなかったのが原因なのだろうと思いたいが、考えてみれば再三このコラムにも登場している『同僚の帰国子女』が放つ、本格的な英語発音を耳にしだしてもうすぐ1年になるし、知らず知らずのうちにこの身に何かが起こっている、という可能性も否定はできない。

 幸いにも今回の事例「キャメラ」について、会話の相手である知り合いはすっと聞き流したようなので被害はなかったが、こんなラッキーがそう何度も続くとは考えにくい。この身に起こる欧米化の波に対処すべく、強固な防波堤を早急に建造する必要がある。


 その防波堤の基礎工事となる第一手は、スターバックスやドトールなどのカフェにおいて、「アイスコーシーをひとつ」と、注文するよう心がける事とする。これは褌の紐を締めてかからねばなるまい。
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by lofibox | 2006-09-21 10:26 | ノーマルコラム
429号 「逃げちゃダメだ」
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 電車に乗っていたら、お父さんに抱っこされた子どもと目があった。

 ぽーっとして実にかわいらしい。僕の目をじっと見たまま固まっていて、そのまま10秒、20秒経っても、表情ひとつ変えず僕を見ている。

 そのうちに、僕は思わずその子をニコっと笑わせてみたくなってきた。ちょっとしたいたずら心だった。


 そこで僕は、おもむろに頭の後ろに手をまわし、かけていた眼鏡の“つる”をちょいと押してやった。いわゆる、「しょうへいちゃん」である。

 割と込み合っている電車内で行うには、普段ならばそれなりに思い切らなければならない行為であるけれども、まあ、なんというのか、いたずら心の高まりに我を忘れていたのだろう。


 唐突に「ぴょこん」と、跳ね上がった眼鏡を見て、その子はびくっと驚きそっぽを向いてしまった。「ありゃあー」と、ミッションの失敗を悔やみながら僕もその子から目をそらす。と、今度は少し離れたところに立っていたおばちゃんと目があった。

 僕は気がついた。おばちゃんの口元が少し緩んでいる。間違いない、「しょうへいちゃん」を、見られてしまったのだ。これは恥ずかしい。だいぶん恥ずかしい。


 安易に「しょうへいちゃん」に逃げようとしたバチが当たったんだ。僕はそんな風に思いながら、道具を使わない純然たる”顔芸”を、いくつか修得しておきたいと心から思った。そう、同じ過ちを繰り返さないために。
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by lofibox | 2006-09-19 17:33 | ノーマルコラム
428号 「さよなら。」
 ”どっちの料理ショー”が終わってしまった。

 大切な物を失ってしまった喪失感が、僕の胸にポッカリと穴を開けている。ああ、どっちの料理ショー。放送開始から約10年、長年見続けてきた大好きなテレビ番組だった。

 高校時代、放送時間5分前になると、僕と同じく放送を楽しみにしている祖母が、「おーい、料理のどっちショーが始まるで。」と、声を掛けてくれた。懐かしい。若干番組の内容が変わってしまう祖母の間違いも含めて、懐かしい。

 僕は三宅さん贔屓。祖母は関口さん贔屓。三宅厨房悪夢の10連敗などもあった。僕は、「三宅厨房はなんだかメニューの段階で不利なことが多い。」と、三宅さんをかばうが、祖母は、「三宅は気迫がない。」と、一刀両断。

 そうなんだ。関口さんは、食べたそうにも程があるだろうというぐらい、勝ちにいっている。だが僕は、関口厨房の特選素材にも平気で「美味しそうですねー。」と言ってしまう、のん気な三宅さんが好きだった。

 料理の鉄人も今はなく、どっちの料理ショーも姿を消してしまった。愛のエプロンではダメなんだ。あれは料理番組じゃない。ああ、寂しい。三宅さん、僕は寂しいよ。

 約10年、不動の時間帯だった木曜9時。この穴はなかなか塞がりそうにない。
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by lofibox | 2006-09-17 02:16 | ノーマルコラム
427号 「7月7日のあの日から」
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 会社のオフィスに置いてある観葉植物のひとつには、いまだに短冊がぶら下がっている。

 その観葉植物はどことなく笹っぽいたたずまいをしており、七夕の日に残業をしていた人たちが願い事を書いて飾り付けたものらしかった。

 それから約2ヵ月。面倒くさいのか、もはや目にも入っていないのか、その短冊は取り外されることのないまま、今もぶら下がっている。

 書いてある願い事を見ても、『一生青春!』だとか、『金が欲しい!』だとか、どうにもやけくそ気味な願い事が極太のマジックペンで書かれており、忘れられてしまった今となっては物悲しさを煽るだけの内容だ。

 この内容では、もしかすると「書いた本人たちも恥ずかしくて取り外しに行けない」、という状況も考えられる。オフィスという場所で、自らが力強く書いた『一生青春!』の短冊をそそくさと取り外すというのは、なかなかに勇気がいるミッションであるからだ。

 本来、笹でもなんでもないのに、こんなやけくそな短冊をぶら下げられてしまって、この観葉植物のアイデンティティも日々危うさを増しているのは間違いないが、その不本意なたたずまいにこそシンパシーを感じてしまう僕は、手を下さぬまま見守るだけにしておくことにする。

 何か新たな展開があれば、また報告しよう。
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by lofibox | 2006-09-14 18:35 | ノーマルコラム
426号 「機械からの要求」
 機械が心を持ったとしたら・・・。

 働かされるばかりだった彼らからも、きっと様々な要求があることだろう。


 先日、その先駆けとでも言おうか。『機械が心を持つ』という事の兆候が、既に現れていることを僕は知った。要求があったのだ。

 その相手はコンビニエンスストアの『ATM』。吐き出されたお金を受け取った瞬間のことだった。

 「現金をお受けとうございました。」

 自我が芽生えた彼の最初の要求は、その労働に見合う報酬だった。年中無休で働きづめであった彼のことだから、至極当然の要求かもしれない。ただ、残念なことには、僕は彼の雇い主ではない。彼に賃金を払うべきは、コンビニエンスストアか、はたまた銀行か。

 僕は、彼のこの声がその雇い主まで届くことを願いながら、幾枚かの札で満たした財布を手に、コンビニエンスストアを後にした。それは、彼がいつでもそこで働いてくれているから、満たすことが出来た財布だ。時々そういうことを思い出さなくてはいけない。僕はそう思った。
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by lofibox | 2006-09-12 14:06 | ノーマルコラム